おがみごう
おおくろ谷
谷としか呼ばれない支流ながらもここは書き留めることとする。
営林署のゲートを抜けておがみごう川本流沿いに分け入るといくつかの支谷の橋を渡る。そのひとつがおおくろ谷。橋脚直下はダム湖となってコイが泳ぎ、稀に大イワナの姿も見られる。
橋のたもとにポンコツを停めると、帰路果たして車は無事であろうかとふと見上げてしまう断崖が頭上に広がる。何度も崩落を繰り返したであろう崖は剥き出しの赤い岩肌が、この奥入るべからずと呼びかけているような場所だ。風聞によればこの奥へ車を乗り入れて崩落によって出られなくなった釣り人が何人もいるらしい。ユンボが岩を除けてくれるまで道端に放っておくしかない。崖下しか駐車スペースがないので、なるたけ被害のないようにと隅っこに置いてダム湖への流れ込みから毛鉤を振る。
おがみごうを教えてもらったとき、あちらこちらの支流や駐車場所、渓への下降口をチェックしながらおおくろ谷上流の大堰堤も覗いた。白鳥町あたりの昔の釣り人は山を越えて峠からおがみごう支流へ入り、このおおくろ谷上流部あたりでアマゴなら三桁、イワナなら尺上だけを狙うのが普通だったと聞く。
ここでイブニングを狙ったらきっとすごいぞと、明るいうちに入渓点を探しておいて数日後蚊柱が立つGW前の午後に林道を走った。谷へ降り立ったその場所の一投目からアマゴが跳ね始め、かつて体験したことの無い毛鉤で入れ食い状態となった。暗くなって毛鉤が見辛くなりふと我に返ると、人家のまったく無いゲート奥の暗い谷で一人で竿を握っていることを思い出し、渓流釣りの業の深さに汗の流れる額が一気に冷えていく。そそくさと竿を畳んでクマザサを支えに林道まで攀じ登り、轍に挟まれた下草を踏んで崖下の車へ急いでいると、すこし先へパラパラと小石が落ちてきた。さらに何やらガサガサと上のほうで音がする。ゾォーっとして見るとサルが一匹林道と平行に崖上を這っている。サルが急いでいる様子もなく暫く並んで進んだわけだが時々パラパラと小石が落ちてくる、どうもサルがこちらへ投げているようだ。そう考えると途端に笑いがこみ上げてきて一人クスクスと笑いながら足を速めた。
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