| 建築 Architecture | ![]() |
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建築分野において高い評価を得ている、フィールドミュージアムの核施設「レストランももちどり」・「和歌文学館」・「篠脇山荘」を中心とした、施設紹介。 |
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1.資料館(東氏記念館) |
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鎌倉時代から室町時代にかけて約250年間、郡上のこの地を統治した東氏の一族は、代々歌詠みに優れた家系であったが、9代常縁(1401〜1484年頃)は「古今集」の研究者としても名をなし、連歌師・宗祇に奥義を伝授したことで、「古今伝授の祖」として今日に伝えられている。1981年、その東家の館の池泉跡が発掘され、国の名勝に指定された。これを機に周辺一帯を「古今伝授の里」として整備して町おこしのひとつにした。その一貫として当初、展示・集会・食堂など多目的な機能をそなえた「和歌会館」を設計し、国内外の和歌・短歌愛好者の拠点にしようと計画された。 建築家・瀧光夫氏より、複合機能をもつ「会館」を1棟で計画すると、嵩だかいものになりあたりの風景と馴染まない。また特殊建築物としておそらく耐火構造(RC造)になる。食堂・展示館・講堂と棟に分けて、段上の立地を生かして配置すべきではないか。また、敷地は田圃であったことから、水をはれば随所に池がつくれる。史跡とその背後の篠脇城跡の連山を借景にすれば、互いに関連づけられた里の景観が生れる。講堂などはオーディトリアム的ではなく茅葺の広間にし、借景の水庭などを設けて歌詠みの里らしくしてはどうか、との提案があり、交流館(レストラン)・展示館(和歌文学館)・研修館(広間や茶室)の3棟に分けることとなった。 3棟はそれぞれが独自の形態を持ちながら、互いに関連づけられた形で、既存の段状地形を生かしながら配し、池・水の流れなどの修景をほどこした。多雪地ということから鉄骨造と木造の混構造にし、明るい内部をつくるために大きな開口部と天窓を設置した。これによって内外が揮然一体となり、立体的な回遊性が生れた。裏山や遠山が色々な角度から借景として見え、歌詠みの里らしい雰囲気になった。これらの施設をこの形で配することで、対岸の史跡や遠山と敷地一帯は視覚的に関連付けられ、構造化されて新しい里の景観が出現している。 |