◆「古今伝授」とは?

 古今伝授というのは「古今和歌集(古今集)」の解釈を中心に、歌学や関連分野のいろいろな学説を、口伝・切紙・抄物によって、師から弟子へ秘説相承の形で伝授することをいいます。

 この形式を確立したのが、室町時代の武士で歌人の東常縁(とうのつねより)とされています。この東常縁をはじめとする東氏一族は、鎌倉時代から戦国時代初めにかけて、このあたりを治めた領主でした。 

 その東氏一族が長い間拠点を置き、城と館を構えたのが、郡上市大和町です。昭和54年の圃場整備の最中に、この東氏一族の館跡が発掘されたことをきっかけに、「古今伝授」「東氏」に注目が集まり、当時の町では、世代や分野を超えて多くの人々がこれを学び、まちづくりにつなげる活動を行いました。

 そうした中で文化の核施設として作られたのが「古今伝授の里フィールドミュージアム」です。「古今伝授」にちなんで、和歌・短歌の活動拠点として設置されました。
 その後、経済の拠点として、やまと温泉やすらぎ館・道の駅古今伝授の里やまと・ぎふ大和PAが作られました。
 
 そう、もうお気づきになられたはずです。すべての施設では、名前やモチーフ、コンセプトなどにすべて「古今伝授」が用いられていることに。

 古今伝授の里・郡上大和では、「古今和歌集」に代表される、日本人が培ってきた自然観や美意識、人々の営みの美しさを大切にしながら、これからも歩み続けます。


◆「古今伝授」について

  「古今集」は、905年に紀貫之ら4人の撰者が醍醐天皇の命を受けて勅撰した、日本最初の勅撰和歌集です。平安朝文学の典型として代々の歌人に尊重され、歌を作るための手本となっていました。しかし、成立後100年以上もたつと、歌の本文や解釈について疑義が生じ、各人各派の注釈が行われ始めました。

 東常縁は、藤原定家より受けた御子左(のち二条流が主流となる)の享受とともに、正徹、尭孝といった中世を代表する歌人に学び、切紙による伝授方法を取り入れて、連歌師の宗祇に伝授しました。この切紙を中核とする伝授ににより、古今伝授が確立されました。

 古今伝授の中核となるのは、古今集の講釈と、「三木三鳥」などの秘説を切紙で授けることです。流派により異なりますが、
  三木は、・おがたまの木 ・めどに削り花 ・かはなぐさ
  三鳥は、・よぶこどり ・ももちどり ・いなおほせどり
とされます。
 慶長の初め、細川幽斎は分派した古今伝授を集大成します。1600年、関ヶ原の戦いの際に、幽斎は徳川方についたため石田三成軍にその居城・京都丹後の田辺城を包囲されますが、古今伝授の断絶を恐れた後陽成天皇の勅命によって、城の包囲を解かせました。東常縁から始まった古今伝授が、後々まで尊重されたことを知るエピソードです。

 現在、これまで封印されてきた古今伝授資料が公開されるなか、中古・中世から近世にかけての文芸一般、またその時代の社会思想や文学理念のありようを追求する手がかりとして、研究がなされだしました。
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