こい | これまたいろごいと一緒でタモで掬ったが、こいつは大きければ大きいほどワクワクしていた。雨上がりの学校帰りにいつもの場所を覗いて、今ではこれまた稀少な梅花藻の中に隠れきれない大きな尾びれがユラユラしていると、もう舞い上がってしまい,息せき切ってウチへ帰って仕事場の親父に報告し、大きなタモを借り出したりした。そのころは食べることもなかったが、どうやら湧き水の横の大きな池から逃げ出したヤツがたくさんいたらしい。 大川でスもぐりを覚えると、網漁をするオジサンたちが鯉を捕ってくるのがうらやましかった。負けじと息継ぎのコツを体得して、自作の“たくり”にうなぎ鈎で一本鈎仕掛けを作って裏の沈床へもぐり、美味そうなヤツを捕ってきた。 川底に頭を擦りつけて、ヤナギの根っこの奥や沈床の石の隙間を覗くと、大きな黄色のウロコが光って周りの水が濁される。息苦しいのを我慢して静かに“たくり”をウロコの向こうへ伸ばし、一気に引っ掛けるとすごい手ごたえ。アップアップしながら水面へ出て一気に草むらへ放り上げた。 清流であったが、逃げ出した“池鯉”ということで、鮎のオトリ缶に入れてさらに清水(シミズ)の湧き口に沈めて泥を吐かせて洗いやコイコクにして喰った。 最初に大阪で、大学の先輩とそのオヤジさんに大阪市内での川のフナ釣りと琵琶湖での鯉釣りを教えてもらった。初めて大阪から琵琶湖まで出かけて鯉の釣り方(フナのようなウキ釣り)をやり、タナの取り方とか基本的なやりかた、竿を「尺」で計ることとかを知った。 地元へ帰ってきて勤め始めた昭和61年頃、職場の先輩に鯉釣りのポイントを教えてもらって一緒に釣行したのが、飛騨方面のダム湖。ここの魚は40cmクラスが多くて持って帰って喰えるってのにびっくり。それでも大川で引っ掛けた鯉ほどのことはなかったな。 スグ近くのダム湖にもでっけー鯉がおるので、夜討ち朝駆けでしばらく鯉釣りにも通った。活きたまま持ってこれる距離なので喜んで持って帰り、親戚の池へ無理やり貰ってもらったら、寄生虫がその池の鯉に伝染し、高価な色鯉まで全滅させてしまった。猛反省のこともあった。 ある秋の日に30cmオーバーの鯉をそれこそ入れ食いで釣り上げて、ネットの中に入りきらないくらい数十匹を釣った時、もうすっかり興醒めしてしまって、それ以来釣ろうという気になっていない。ダムサイトを通るときに、竿を立てている釣り人を見て、「ホホー、やっとるネェ。」と微笑。 |