(にしん)ずし

「遠来のお客さんじゃというのに、台所をかって見たが何もないし、鉄砲酒の振舞いじゃ愛想もないが。やれやれ、(かか)さが来たしこじゃ。」
「おーい、酒の(さかな)、何にも無いが、どうじゃ、スシもうねとらんか。」
「そういや、大方、二十日なるで、ねとるにはねとるじゃろうが、下のお方じゃで、よう食わっせるかなー。」
「いやいや、山家のもんは何もかも珍しゅうて新鮮なし、それにわしゃ寿司と来たら目が無いんじゃでな。」
「それじゃ、食わっせても食わっせんでもええで、おこいて来いよ。」

 すし・ねとる・おこすと、親父、主婦、客人の奇妙な会話が取り交わされた挙句、酒の肴にと丼に一杯盛って出されたのが、客人の予想していた一般的な寿司にあらず、得体(えたい)の知れない奇妙な漬物。
 曰く、本村では正月に欠かすことのできない鰊ずしである。往時、本村でスシと言えば、大根と身欠き鰊を甘酒状の麹でまろめた漬物を指して言った。

 初冬の十二月、大根を千切りにして塩漬けにし、ころされた頃を見計らって水分を絞って取り除く。別に米麹(こめこうじ)炊飯(すいはん)を混ぜた甘酒以前のものに、前記大根の他に身欠き鰊を一寸大に切り刻んで混ぜ合わせ、前記の甘酒以前のものにかき混ぜ、漬け込むものである。
 大根漬けの段階で、人参や昆布を千切りにして混入すると、色彩も加わって風味を一段と増す。家々の好みでその他の海魚の干物を混ぜることもあるが、やはり鰊一点張りの方が鰊ずしには相応(ふさわ)しい。
 漬け込んで時が経つにつれて、夫々の素材が相互に作用し合い、本来の持ち味を失うことなく独特な味覚がまろやかに(かも)し出される。この期が”鰊ずし”の味覚の最高の時であり、「ねた」という時に当たるわけであり、この期を見計らって「おこす」のが台所を預かる主婦の腕の見せ所である。

 酒の肴、飯の菜、時には朴葉(ほうば)に乗せて焼いて食ってもよし、味噌鍋に投げ込んで食うのもよし、何れにしても寒冷地高鷲ならではの食文化、鰊ずし。いついつまでも伝えたいおふくろの味である。

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