酒のたしなみ

 往昔(おうせき)、美濃の山奥高鷲の里は、根雪到来と共に冬籠り、(しも)との行き来もままならぬ長い長い沈うつの季節であった。この憂さを晴らす為にどぶ酒は食膳に欠くことのできない親父共の飲みものであった。税務署に見つかって罰金もの(結構高かったらしい)、そんなこと怖くてひるんでおれるかい。その時はその時と、天井裏とか山小屋とか、思案の限りを尽くして隠し造った。米が足しないこの村では、稗・粟を使って仕込まれた。特に寒中に仕込むものを寒造りといって、前記の場所に移してゆっくり春を待ちわびる醸造が盛んに行われた。

 山に芝刈りに入った時、他家の山小屋を何気なく覗いたらどぶの匂いがしたので、見つけ出しいい気分になって飲んでいたら、酔いが回って寝込んでしまったとか、にわか造りに寒仕込み、どぶのとぎれること絶やすことがなかったと、古老の熱っぽい話は尽きることを知らなかった。

 一盞の寒燈は雲外の夜(いっさん  かんとう  うんがい   よ )、数杯の温酎(うんちゅう)は雪の(うち)の春
                               白居易

寒仕込み

  (基準一升)
(1)米一升を五・六時間水にふやかし、その後ザルに上げ、蒸して人肌に冷ます。
(2)こうじ一升を前記蒸し米を混ぜ、一晩おく。
(3)米が冷やっこくなったら容器に移し、清水一升を入れる。
(4)仕込が終わったら、桑の木をさす。(まじない)
(5)毛布・筵に包んで隠し置く。田植え頃飲む。  

酒造りには、一次発酵と二次発酵がある。一次発酵は酵母でデンプンを糖にする。二次発酵は糖を麹菌でアルコールにする。この寒仕込みには、二次発酵は自然酵母を頼りとする。失敗すると、セメンダインのような味になる。成功率を高めるにイースト菌などを少量混ぜる人もいる。

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