おふくろの味(1) 「山菜」  ひげと
 ”今年もおらが春を食ったかえ”

 昨日、たまさかの散髪に行った。店内にはいると、先客のY氏が()しない
卯の花(ウツギ) 頭髪の調整の最中であった。目と目が合った途端(とたん)
「おい、K君、ぜんまい採りに行ったかい。」
と、唐突(とうとつ)に問いかけて来た。未だ遠山には残雪の見えるこの時期、
何を(とぼ)けたことをと、思いつゝも、
「まだよう行っとらんが、一つ年を取ったせいか、此の冬越したら急に足腰
が弱ってきた様な気がして、君の様ながいん馬に付いて行くことも(かな)わない
様な気がして来たわい。今年は多分なー。」
と、半ば諦めと誘いの気持ちも込めて答えを返した。
「そうじゃが山菜ではトウキチロウが王様じゃなー。」
と、Y君が山菜の評価に話題を移していった。
「うん、そう言ゃ、飛騨ではキノシタというんじゃが君知っとるかい。」
「なに、飛騨では木の下、高鷲では籐吉郎、あの天下を取った豊臣秀吉の一
時の名そのものじゃもなー。それにしても、双方共にうまい名前を付けたも
んじゃなー。」
 この様な談義を繰り広げていく中、次から次へと浮かび上がり広がっていく。

 さて、本村から飛騨路にかけては、実に山の幸の宝庫、先祖から伝授され
た食用可能な山の幸、親父もおふくろも同胞(はらから)も、この様な季節々々の自然の
恵みを食することによって生き長らえて来たのである。今日的な栄養学など、
おふくろの脳裏には微塵もなかった。けれど、貧しい乍も一食一膳に盛られ
たおふくろの知恵、見てくれは悪いが今にして思えば限りなく底なしの(ぬく)
りがあった。

 調髪は人まかせ、話はまだ続く。タニフサイ
「おい、そう言や、Hさんは、山菜の中で、タニフサイ程美味いものは無い
といって、一食に一丼(ひとどんぶり)位食ってまわっせるということじゃが、確かに煮方に
依っては(ふき)よりは美味いなー。」
と、事実のままを語りかけた。
「あんなもんは馬や牛の食うもんじゃ。タニフサイしか知らんで、そう言う
ことを言うんじゃがな。」
と、手前も食っとるくせにと思いつゝも、後は言葉を濁した。

タニフサイの谷  タニフサイというは学名をうわばみ草といって、山の谷を塞ぐ程密生して
いるので、本村ではタニフサイと言うのである。このタニフサイを生のまま
擂り鉢ですりこねたものを酒の肴にすると、ウワバミ程酒が飲めると言うこ
とで、この名が付いたのだと、これは親父の知恵か?

 こんなことを語っていると限りがないので、おふくろが伝授してくれた、
山菜の種類を掲げ、調理法に触れてみよう。

種類         食用部分          採取場所

ふきのとう      若芽の茎葉       田圃の畦(たんぼ あぜ)、谷沿い、原野
つくし         胞子の散る前の茎   草原、ぼた
わさび        花の咲く頃の根以外  山の谷筋
せり(畑、谷)    茎、葉           畑ぐろ、谷筋
あさずけ       根毛を除く全体      原野
よめな        若芽            原野、山道ぐろ
ぜんまい       新芽            野山の峡
わらび         〃             原野、草原
たらの芽        〃             野山の雑木林
てずつ         〃              原野、山裾
こんてつ        〃              野山の雑木林の中
りょうぶ         〃               〃
うつぎ          〃              〃
しゅでっぽう      〃               〃
うど           〃              野山、谷ぐろ
あずき菜        〃             河原の草場、土手
ふき         若い茎           河原、土手
谷ふさい        〃             山谷、湿地帯
とうきちろう     若い茎葉         深山幽谷の日陰
うるい          〃             野山の日陰
ぴーぴー草      若い葉           いたる所
さんしょう        〃             雑木林の中
ぎょうじゃにんにく  若い茎・葉・根     深山の林の中
笹の子         竹の子          野山の笹原
すす竹の子       〃            深山のすす竹林

※山菜おふくろの調理
 山菜の類によって異なるが、主に茹でて、ゴマ和え、荏和(ゆ     あ  えあ)え、味噌和え、
豆腐和え、酢和え、マヨネーズ和えなどで食するのが一般的である。わらび、
ふき、すす竹の子は糧が多く、保存食として取置いた以外は、煮しめにして
丼に山程盛って家族ぐるみで取り崩す。
(なにはさておいて(しゅん)のものは美味い)
又、すす竹の子、たら芽は囲炉裏(いろり)の灰の中に埋め焼いて、地味噌を塗って
食べるのも一興だ。勿論茹でたものは山菜刺身としても親しめる。
 その他の調理法として、

○アズキナの天ぷら
 溶かした天ぷらの衣をさらりと付けて、熱した油の中に投げ入れ、直に上
天露(てんつゆ)にほうり込んで食す。正に天下一の味だ。

蕗の薹(ふき とう)の佃煮
 採集して来た蕗の薹の花つぼみを取り除き、外の葉だけにする。茹でる。
頃を見計らって少々の塩を投げ入れ、充分茹だったら、冷水に一昼夜ぐらい
さわす。後に水を切り、ゴマ油でいため、酒・醤油・みりん・砂糖で味を付
ける。即席でも保存食としても、その香をめでることができる。又、料理の
最中に海苔を混入して調整すると、山海混濁の風味が得られ妙な味がする。

○山菜サラダ
 山うど・たら芽を短冊形に切り、短い時間茹でる。アスパラ・レタスなど
の野菜と一緒にマヨネーズで和えたり、ドレッシングをかけて食う。

○いたどりの酢の物
 いたどりの頭の部分十センチ程採って来て茹で、三杯酢で食う。

   婿(むこ)になりたや 鷲見(わしみ)の婿に
       うどの白味を荏で和(え あ)えて

◎山菜採りの哲学
 ・山へ行ったら、大気を胸一杯吸うこと
 ・天地自然の恵みに感謝すること
 ・山に入ったら、山の掟に従うこと(伝承)
 ・心・体・技において無理をせぬこと
 ・地形を常に把握すること
 ・山菜採りに来たということだけで満足のこと
 ・危うきに近寄らないこと
 ・連中と来た時、自分は控え目に
 ・連中相互呼び合うこと
 ・希少なものは連中平等に分かち合うこと

○伝承
 ・山の尾根で糞をひらない
 ・水流に小便をしない
 ・男ぜんまいは種族保存上採らぬこと

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