おふくろの味 (2)  雑魚煮(ざこに)

 雑魚煮(ざこに)

 昔のおらが川(長良川の最上流)は名だたる長良の清流のふる里にふさわしく、本当にきれいであった。そりゃその筈、川を汚さない不文律が里人の間にうけつがれていた。これを侵すと、天罰覿面(てきめん)家族にまで類を及ぼすと信じ込まれていた。二、三事例を挙げよう。長良川の上流

一、川へ小便をまり込むな。
二、川へゴミを捨てるな。
三、川で汚物を洗うな。
四、川へ石を投げ込むな。
五、小谷をまたいで通るな。
六、おしめを洗った水は土に返せ。

 この様な日常生活の些細なことでも、親から子へ、子から孫へ語り継がれてきたものである。そのために何処で飲んでも差し障りない程、澄み切った流れで、青のりが石に繁茂して流れに揺れ、一層鮮度を(きわ)立たせていた。
 その為、川はわらべにとってかけがえのない遊び場で、行きさえすれば、何時でも、何処でも、河童(かっぱ)友達が呼応してくれた。一方語りかけてはくれないが岸辺の石の上には、神様トンボ(今は姿を隠してしまった)が羽根を休め、水中の平坦な石の下には、どの石にも決まって魚や虫や無数の生き物が潜んでいた。チチコ・カブ・アカメラ・アジメドジョウ・砂クジリ・瀬虫(せむし)・ゴー虫の類。虫はさておきこれらの魚をタモに追い込み捕り上げるのである。持ち帰って家の近くの谷川に箱を沈めて飼いため、程々に数が増えればおふくろに提供、お()めの言葉の一つでも掛けてもらえばそれで満足、夕食のおかずも既にお決まり。
 さて、梅雨明け頃になると、決まって集中豪雨がこの一帯を襲い、静かな川の様相が見る間に一変する。濁流岸辺に迫って岩を咬み、川中の石を転がして川鳴りを起こし、たじろぐ程の急流となる。この川の激変に魚たちは一斉に岸辺の淀みに安息所を求めて移動する。この機をねらって、向こう見ずの親共が大きなタモを担ぎ、ヒゴを腰にぶら下げて、おい!それ!と川岸に走りこれらの魚を掬い捕るのである。(この漁法をニゴリズキと言う。)先に述べた小魚に加えて、鮎・アマゴ・ウグイ・イワナ等の大型ものまで、十数匹の多くが一掬のタモに召し取られる誠に殺生(せっしょう)な漁法である。小一時間も重ねればヒゴに盛るほどで、身こなしが聞かなくなり家路に走る。
 大きな魚は腹を抜き矢串に刺され、小魚はそのままごったにして煮付ける。酒・タマリ・砂糖の調味料に山椒(さんしょう)を加え時間を掛けて煮しめる。おふくろの(つぶや)きに「時間を掛ければ掛ける程、身も引き締まって骨まで柔らこうなる。」と。家族の健康を(おもんばか)っておふくろは知恵をはたらかせた。
 今は、川を(のぞ)いても、敷き詰められた大石小石砂までも汚泥を被り、魚族の住める状態ではなくなった。知ってか知らでか、岸辺を奔る童(はし わらべ)の姿もなく、鮎釣る竿の放列もかき消されてしまった。そして、雑魚煮の秘伝を語る母もなく。

 あゝ 在りし日の 初夏の暗夜
 恋に火灯す 蛍の乱舞
 流る火 追う子の
 わらべ唄
 春を惜しむか
 河鹿(かじか)の笛鳴き
 山路遥かな
 狐の怪火(かいか)
 青葉の風に
 流る星影
 あゝ 奥長良
 おらが里
 (何れをとって見ても、値千金の風物詩であった。)
 (よみがえ)れふるさと
 甦らむ古里
 あゝおふくろさん、お父っつぁん。

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