おふくろの味(7) 稗の飯
「稗の飯」
稗の飯とは本来稗の中に米少量を混ぜて炊いたものである。有りし日の極貧農民の生きる為やむにやまれぬ食生活の手段であった。時の流れと共に、衣食住の三要素も進化向上する中、米の中へ稗を混入する、これが稗飯なんだと理解されるようになった。いやはや本来の稗飯はそんな生半尺なものではなかった。大きなハソリ(大鍋)に湯を沸かし、唐臼や水車でついた稗糠混合されたそのものをゴケに掬って鍋を満たし、そこへ少量の白米を枡で測って一緒に混ぜ込み炊いたものである。上手に炊くコツは沸き上がった稗糠一色の上面を木の棒箸であちこち突ついて穴をあけ、湯気通しをつくって焦げ付かないように炊きあげる。さて、炊きあがった稗の飯、如何様なものであったか事例を挙げて理解していただこう。
親父がいつもの様に山仕事にと嬶さの作ってくれた割子弁当を持って出かけたそうじゃ。昼時になったので、両方共にぎっしり詰まっている割子の蓋を開け並べたが箸がない。
「今日も梅干しに生味噌か」
と、木の枝で箸を作るべく薮に入った途端、一陣の突風が吹き荒れたと思ったら、割子の稗の飯の上面がパラパラと飛び散り、梅干しと生味噌が底に残った少々の飯の上に浮いておったということじゃ。
「今時、物珍しがって土産物屋で売っている稗の実を買ってきてのし、稗の飯を炊いて食ったが結構うまかったなんて、子どもだましであほらしくて物も言えない」
と、ある老爺が語ってくれた。
もう一話
富山の置き薬屋が年に一度の訪問販売に西洞Uさんの家に立ち寄ったが、生憎留守であった。入口の厩には牛が飼ってあり、人が来たので盛んに飼い葉を欲しがって鳴き立てた。
「おお、お前腹が減っとるんか。まっとれよ。おれが面倒を見てやるでな。」
と、台所を覗いたら、いろりの大鍋に何やら煮た物が掛けてあった。
「どれどれ」
と、鍋の蓋を取って見ると、正しく牛の飼い葉であった。鍋を引っ提げて飼い葉桶の中にあけ込んだ。薬屋はこの家の家族と馴染み深かったので、
「牛を飼うのも商売の中じゃ。後で話せばええことしてくれたと喜ばれるぞ。」
と、一人合点し後刻訪ねるべく在所回りに走ったわけじゃ。夕刻山仕事から帰ってきた家族が、さて、夕飯じゃと鍋の蓋を取ったところ、炊いておいた筈の飯が空っぽになっておるので不審がっている所へ、例の薬屋が来て、
「彼様、しかじか・・・」
嫁さが口を尖らして
「ありゃなー。おらんとうの食う夕飯じゃったんじゃぞ。牛に食わせるなんて勿体なや。余計なことをしてくれたもんじゃし。」
と、ひどくなじられたそうじゃ。
さて、この飯は「オオドチマンマ」といって、稗の飯の中へ更に野草の薊の新芽を混入して炊いたものである。折もおり、農休みの踊りが拝殿で催されていた。一向に盛り上がらぬ踊りの輪、一人の若者が何とか勢いづけようと、向かいの踊り子に音頭を催促した。
♪ 向かいのー お方は何故音頭取らぬ
ひもじ腹かよ気の毒や。
♪ オオドチ マンマで腹ふくれたが
いとしあの娘が気にかかり
と間髪を入れぬ返し歌。
「もう稗の飯食うこともあらまいが、ユイやモヤイでなー、山畑に稗を作っとったんじゃぞな。子沢山で本当に苦労の連続じゃった。」
と、老婆の語りは余りにも遠くて、近い想いの断片であった。